九州 軍歌の旅 見聞録

「宇佐神社」

八幡さまの神宮として知られているこの宇佐神社にお参りをして参りました。

古墳のような山の上に建てられているこの神社は地元の方の話では邪馬台国の卑弥呼の墓の古墳ではないかとも言われているようです。

ここは出雲大社と同じで二拝四拍で一般の神社とは違っていました。

「大神回天隊跡地」

日出町にある大神回天隊基地跡はほとんどが畑と民家の住宅地となっていましたが、基地の中にある回天神社(住吉神社)はそのまま原型で残っています。そこには回天の残骸の一部が飾ってあり、その神社から見下ろす海岸は当時のままでありました。

そして 近くの公園には復元された回天がきれいな状態で鎮座されています。

 その他の兵舎跡地や指令本部の跡地は畑と民家になっていて、痕跡はありませんがところどころに史跡の標識がありました。

また 格納庫に使われていた洞穴のようなものが幾つかそのまま残っていたために当時の様子が少しわかります。

「博多アンカー乗艦」

 大分の後はスイロネフ37さんと共に横浜軍歌愛好会のはや~会長の名代として博多のアンカーに一年ぶりに訪問いたしました。 

安西艦長はお元気で、そして常連のHさんやプーチンさんとも久しぶりの再会を果たしました。他に一般客も多く艦内は盛況でした。

 

そして早速 歌の方はスイロネフ37さんはお隣にいたチャイナドレスのお姉さんへの配慮で李香蘭の「夢の太湖船」を歌われました。

他に「露営の一夜」「紀元2600年頌歌」を歌唱して、私はプーチンさんと共に「陥としたぞシンガポール」をスイロネフ37さんと一緒に「あじあに乗りて」「満州国国家」「ジャバ旅愁」を合唱し、最後は三人で「部隊長と兵隊」を熱唱して締めくくりました。

「漫多夢訪問」

 

 前述の博多アンカーの後に夜も更けた時でしたが、スイロネフ37さんとすぐ傍にある「まんだむ」に久し振りに訪問いたしましたが、このお店は入居しているビルが解体されるために、今年で閉店するとのことで、名残惜しく寄ってまいりました。

そして数年前にはや~会長と訪問した時のボトルがまだ置いてあったのには驚きました。

スイロネフ37さんは早速「砂漠の娘」を熱唱されて、夜も遅かったので私はわずか短時間ではありましたが、「松花江舟歌」を歌ってからお店を後にしました。

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コメント: 1
  • #1

    スイロネフ37 (水曜日, 28 12月 2016 14:14)

    私も、約10年ぶりに博多アンカーに乗船すべく、前日から博多入りしました。
    雲葉42さんとの待ち合わせ時間の隙間に、門司港まで足を伸ばし、レトロなJR門司港駅とその周辺を散策しました。
    昔、門司港から満州の大連までの航路があり、その建物の一部が保存されていました。
    又、九州鉄道記念館で懐かしい車両に出会えたことが嬉しかったです。
    そうこうしている間に、待ち合わせ時間が迫って来たため博多へ移動し、雲葉42さんと合流し
    つい先日、陥没した道路を通って博多アンカーに乗船しました。
    店内は以前と変わらず、潜水艦の風情がありましたが、惜しくも乗員の方が亡くなられており、寂しくもありましたが、チャイナ服のお姉さんがおり、「夢の大湖船」を歌い、雲葉42さんと共に満州国国歌等を歌いました。
    又、アンカーのメンバー2人も合流し、4名で楽しい時間を持つことができました。
    雲葉42様、そしてメンバーの方、博多アンカー様ありがとうございました。いつの日か又、お伺いします。
    その後、直ぐそばにある、「懐メロの店満多夢」に立ち寄りました。
    ビルの老朽化でとり潰すそうで、店も今月で閉店するため、最後にもう一度行くことが出来ました。
    雲葉42さんと数曲歌い、店を後にしました。
    博多から懐メロの店がなくなると思うと、寂しくもありますが、時代は常に変わって行くのだと実感した次第です。ありがとう、そしてさようなら、マンダムよ永遠に。
    今回は楽しくもあり、寂しくもある旅行でした。雲葉42様、そしてメンバーの方々お疲れ様でした。