掲示板

横浜軍歌愛好会ホームページ閲覧記念に一筆お願いします。

 

コメント: 164
  • #164

    #164 (火曜日, 30 5月 2017 12:07)

    突然こちらの掲示板で、ご案内させていただくことをお許しください。
    大阪で軍歌と戦時歌謡をとりあげる演奏会のご案内です。
    二度と戦争を起こさないという強い決意とともにお届けする軍歌・戦時歌謡のコンサートです。
    苦しかったあの時代、人々が如何に励まし合い、助け合いながら生き抜こうとしたか、
    歌を通して、そのことが純粋に伝わるような演奏会を実施することを目指しています。
    6月20日(火)午後2時開演(終演は午後4時頃を予定)
    場所は大阪堂島にあるエルセラーンホテル5階のエルセラーンホールです。
    主催は産経新聞開発株式会社06ー6633ー6838
    ~激動の昭和~軍歌と戦時歌謡
    クラシック歌手とピアノ、クラリネットによる演奏会で、
    同期の桜/露営の歌/加藤隼戦闘隊/ああ紅の血は燃ゆる/歩兵の本領/愛国行進曲/出征兵士を送る歌/南の花嫁さん/戦友/隣組/上海ブルース/青い背広で/別れのブルース/ああモンテンルパの夜は更けて/を、演奏する予定です。
    なお、客席の皆さんとご一緒に歌うコーナーもあり、そこでは
    異国の丘/暁に祈る/蘇州夜曲/めんこい仔馬/を、みんなで歌う予定です。
    入場料は2,800円自由席です。
    多くの方々に演奏会のことを知っていただけたらという思いでご案内を書かせていただきました。
    こちらの掲示板にそぐわないものでしたら、直ぐに削除をしていただいて構いません。
    どうかよろしくお願い申し上げます。

  • #163

    ラバウル灰田 (火曜日, 07 3月 2017 21:53)

    先月24日のラークの定例会では、お世話になりましてありがとうございました。
    今回はフルメンバーにベリーダンサーの方も来られ、大変華やかで賑やかな会になり楽しかったです。

    曲目も大ヒットからレアな曲まで幅広く、横軍の懐の深さを垣間見た思いです。
    ベリーダンサーの方は所要で今回は歌われずに帰られましたが、次回に期待しております。

  • #162

    浪花節上等兵 (水曜日, 01 2月 2017 20:22)

    平成28年1月31日(日)に、日本気象予報士会・大東亜合唱団・軍歌を歌い継ぐ会・横浜軍歌愛好会の皆様方の御協力の下、588姉さんの納骨法要を滞りなく終えましたのを機に、毎年1月31日を『588姉さんの日』と定めました。毎月21日は月命日と云う事で我が家の庭に『桜』をメインに植樹してます。
    月命日以外、結婚記念日・誕生日等々、小樽と札幌 育ちの588姉さんに関連する記念日には、北海道出身と云う事で、ライラックは既に4種類。他に大好きだったアメリカンチェリー、ブルーベリーなどの樹木を植樹して記念樹木は桜だけでも15本以上が来月~3月中には満開に。昨年、那須の戦争博物館より届いた『なつめ』の苗木も昨年完成した『浪花節上等兵と588姉さんの部屋』の前に。588姉さんの三回忌迄は、このペースで樹木の植樹を続けたいと考えて居ます。その後は記念樹木以外の樹木を伐採予定ではあるものゝ未だ植樹スペース有り。既に『河津桜』は咲いてます。
    昨日の『588姉さんの日』には、自宅より車で10分の『やすらぎパーク市原』へ墓参りしてから気象予報士だった588姉さんが参拝した事のある高円寺の『気象神社』に行って参りました。信仰心が全く無い私ではありますが、気象に関する御守りなどを記念に沢山購入。杉並区高円寺に来たら、『止めて下さるな、妙法寺に行かねばならぬ、行かねばならぬのだー』と云う事で隣の阿佐ヶ谷駅よりバスで妙法寺へ。妙法寺には、私が一番尊敬する三波春夫さんの墓があります。私は7歳の頃からの三波ファン。三波春夫ファン歴は約55年。
    threewave 浪花節上等兵 としては数年振りの三波春夫さんの墓参りでした。多分、私は来年も同じ事をやっている事でしょう。
    因みに、『浪花節上等兵』とは、三波春夫さんが、シベリア抑留時代のニックネーム。
    本来、三波春夫さんは『浪曲上等兵』と書いて(なにわぶし)と読みます。threewave は『浪花節』です。
    三波春夫さんの『お客様は神様です』の本当の意味を間違った解釈で広まってしまって居る事は残念。
    三波春夫さんのファンとしては、本来の意味が理解出来てる方は極めて少ないと嘆いてます。

    杉並区からの帰宅途中、園芸店前に目を向けると、小さな胡蝶蘭に『1月31日 愛妻の日』の札が掛かってました。迷わず、白い花と紫の花の2鉢を購入。また記念樹木が増えました。
    2月1日、この 2鉢を墓前に供えて写真撮影。

    浪花節上等兵


  • #161

    ラバウル灰田 (土曜日, 28 1月 2017 19:43)

    先週の「ラーク」での定例会では、家内共々楽しいひと時を過ごさせていただきまして、誠にありがとうございました。

    今回は常連の方々が所用で欠席されましたが、初参加のやすはら様が来られ、賑やかな会になりました。
    やすはら様は私と同学年で、しかも灰田勝彦ファンということで、偶然の一致に驚きまた喜んだ次第です。
    後半はやすはら様と灰田メロディーをご一緒させていただきました。やすはら様は灰田の物真似もお上手で感心いたしました。
    また灰田メロディーをお聴かせ願いたく存じます。

    家内は雲葉42様と「乙女の祈り」「蘇州の夜」を歌わせていただきました。今後共ご指導いただきます様、よろしくお願いいたします。

  • #160

    浪花節上等兵 (木曜日, 22 12月 2016 13:53)

    588姉さんが、旅立って早いもので一周忌を迎えました。
    今月18日「やすらぎパーク市原」にて、日本気象予報士会・軍歌を歌い継ぐ会・大東亜合唱団の皆様方がお集り下さり、今年1月31日の納骨法要と同じ要領で「588姉さんの一周忌お別れ法要」を行いました。588姉さんは、結婚前から「私に万一の事が遭ったら、皆さんで上原びんさんの「聲なき凱旋」を唄って呉れたら嬉しいです。」と云ってました。それがこんなに早く旅立って「聲なき凱旋」を合唱する事になるとは全く想像出来ませんでした。
    今回も「海ゆかば」「聲なき凱旋」を「海ゆかば」を刻んだ墓前にて、588姉さんを偲んでの席では、「北はアムール」「満州鉄道唱歌」を皆さんで合唱。
    一周忌法要の翌日は、11月より着工してました「588姉さんと浪花節上等兵の部屋」が完成しました。
    588姉さんは昨年12月21日早朝に旅立ちましたが、あの世でも軍歌と気象予報の研究に専念して居る事と思います。
    この世に残された私としましては、各軍歌会・日本気象予報士会の会合に参加させて頂く事が588姉さんへの供養と考えまして時間の許す限り皆様方と交流を深めて参りたいと思いますので宜しく御願い致します。

  • #159

    ラバウル灰田 (水曜日, 21 12月 2016 01:35)

    先週金曜日の定例会では家内共々、ありがとうございました。
    最初に「エポック」のオーナーでありました間宮ママを偲び、献杯を行いました。私も一度お会いしたことがありますが、品の良い威厳を感じる方だったのを思い出します。
    今回は直前に迫った合同軍歌会のプログラムに沿って順番に唄っていく、本番さながらの練習会になりました。参加されない鶯餅様とM様もそれぞれお得意の曲を唄われ、本年最後のラークの夜は楽しく更けていきました。

    今年も皆様お世話になりました。
    良いお年をお迎えください。

  • #158

    (土曜日, 03 12月 2016 15:33)

    少し前のTV東京で放送された番組「武田鉄矢の昭和は輝いていた」で
    「異国の丘」の作曲家、吉田正さんのことが特集されていました。
    番組では吉田正さんの作った曲が20曲ほど紹介されましたが、
    その中で「異国の丘」も紹介され、「異国の丘」の作られた背景、
    作者の思いなどが紹介され、大変印象的でした。
    異国の丘は、もともとは「昨日も今日も」という曲だったようです。
    作詞・作曲 吉田正
    その1番の歌詞は:
    今日も越えゆく山また山を
    黒馬(あお)よ辛かろ切なかろ
    がまんだ待ってろ あの嶺越えりゃ
    甘い清水を汲んでやる

    この歌が戦地で歌いつがれるうちに
    どういう経緯をたどったのか分かりませんが歌詞が変化して
    異国の丘になったということです。

    吉田氏は戦後シベリアに抑留され、昭和23年に復員。
    その頃には日本で「異国の丘」が大ヒットしており、
    作曲者は不詳となっていました。
    そこへ吉田氏が現れ、ビクターの専属作曲家になりました。

    そして番組の後半で紹介されたのが、吉永小百合さんの歌った「寒い朝」です。
    これも吉田正さんの作曲 作詞は佐伯孝夫さんです。
    よくよく聞いてみると、この歌は現代版(当時としての)異国の丘だなと思いました。

  • #157

    ラバウル灰田 (月曜日, 28 11月 2016 23:26)

    先日も楽しいひと時を過ごさせていただき、ありがとうございました。
    新年の合同軍歌会も近くなって来ましたが、皆様課題曲の練習に余念がありませんでした。
    有名曲もレアな曲も熱唱され、いつもながら皆様の熱意には感心する次第です。

    先月、練馬の暇人様が亡くなられたとのこと。昨年の588姉さん様に続き重鎮のご逝去は会にとって大きな損失であり、残念に思います。
    謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

  • #156

    雲葉42 (木曜日, 24 11月 2016 20:07)

    今回の演習日は何といっても588姉さんの一周忌命日にあたり、また先月亡くなられた練馬の暇人さんの追悼会のような亡くなられたお二人への思い出の愛唱歌を皆様で思い出深く熱唱できましたことにはお二人ともきっと天国?でお喜びになられていることと感じます。「北はアムール」は過去の公式や非公式を含めてもこの曲を歌唱したのはこのお二人と私の3人しかいない共通の思い出の曲であり、今度の新年の合同軍歌会でも選曲しており、お二人への供養になればと思いますし、丁度二年前に588姉さんがこの曲を熱唱された時の遺影を抱いて今回歌うことが出来ましたが、
    本番ではご主人の浪花節上等兵さんに持っていただきたく思っています。また 満鉄会のYさんの参加で特に「北はアムール」は「満鉄社歌」と共に今回のテーマ曲になったように感じます。また 最後に軍歌の巨匠H山様の参加で「大アジア獅子吠の歌」は生前に練馬の暇人さんの愛唱歌でもあっただけにこの曲の選択にはきっとあの世で喜んでいることと存じます。そういう意味では今回の演習日は特別な日になったと感じてます。

  • #155

    キ-61 (木曜日, 24 11月 2016 08:03)

    21日の定例会では大変お世話になりました。
    はや〜会長の詳細なレポートも素晴らしいです。

    熱海のY様、87歳になられ満鉄会も解散し、大変寂しい思いをされていたそうです。
    今回は雲葉42様を始め皆様の満鉄への熱い想い(魂)が不思議なご縁となってお引き合わせしたものと思います。
    さらに、お持ち頂いたお写真にも驚きました。

    終了後はお泊まりのホテルまでご一緒しましたが、今回の皆様とのご縁を大変喜んでいらっしゃいました。
    これを機会に合同軍歌会等にもご参加いただき、新生満鉄会ができると良いと思いました。
    皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

  • #154

    ラバウル灰田 (火曜日, 25 10月 2016 00:44)

    先週のラークではお世話になりまして、ありがとうございました。
    今回は新しいお仲間が加入され、賑やかな会になりましたことは大変喜ばしいことと思います。

    今年も後2ヶ月を残すのみとなりまして、年が明ければ直ぐに合同軍歌会ですが、皆様課題曲に取り組まれておられました。
    益々力の入った熱唱で、合同軍歌会にかける皆様の意気込みを感じました。
    私どもも参加させていただく予定ですので、皆様の歌唱を聴かせていただきますのを今から楽しみにしております。

  • #153

    雲葉42 (月曜日, 17 10月 2016 12:38)

    先週の定期演習日は久しぶりに軍歌の巨匠の名人 H山さんもお越しになって、すごく楽しかったです。H山さんとは一年ぶりくらいかなと思いますが、当日が「台湾沖の凱歌」の日であることを歌ってみて思い出した次第です。この曲はH山さんと昔の銀座時代には毎年のようによく歌いましたが、今回は突然ではありましたが、数年ぶりにうまくできたと感じております。また H山さんの持ち込まれた「決戦娘」はやはり両婦長さんのデュエットが合っているみたいですね。今後が楽しみな曲であります。H山さん次回もよろしくお願いします。

  • #152

    ラバウル灰田 (金曜日, 23 9月 2016 23:53)

    先日も楽しいひと時を過ごさせていただきまして、ありがとうございました。
    会の冒頭、新しく入手された多くの楽譜をファイルに収めましたが、益々充実してきた事と存じます。

    会長様の「大神回天隊の歌」、スイロネフ37様「点数の歌」、鴬餅様「中央即応集団隊歌」、雲葉42様「北はアムール」等、レアな曲をお歌いになられました。
    いつもながら皆様の研究熱心には感心いたします。

    家内は雲葉42様、スイロネフ37様のご指導で「私は鶯」を歌わせていただきました。大変な難曲ですが、今後も練習を重ねていく所存です。

  • #151

    ラバウル灰田 (月曜日, 25 7月 2016 23:41)

    先週の金曜日もお世話になりまして、ありがとうございました。
    今回は福岡のH様が来られまして、まずは持参された台湾のコンサートの模様を拝見しました。
    皆様、堂々の歌いっぷりには感心いたしました。

    先生が来られて歌唱を開始しましたが、皆様いつもながらの熱唱でした。鴬餅様は陸海空の自衛隊歌を歌われましたが、楽譜を拝見すると作曲は古関裕而や服部逸郎等が手がけており、名曲揃いなのも頷けました。
    最後は「大東亜聖戦の歌」でしたが、私も金沢の大東亜聖戦祭に参加させていただきますので、より気合を込めて歌いました。
    8月4日はよろしくお願いいたします。

  • #150

    ラバウル灰田 (水曜日, 22 6月 2016 20:53)

    先週はお世話になりまして、ありがとうございました。
    来月の横浜の合同軍歌会を前に最後の定例会でしたが、当日の歌唱曲を練習させていただきました。
    「お玉杓子は蛙の子」と「北京夜曲」は合同軍歌会では初めてかと思います。どちらも灰田勝彦の歌唱で、復刻されておりますが「北京夜曲」はヒットしませんでした。余り上手く唄うことが出来ませんでしたが、当日までにもう少し仕上げていきたいと思っています。
    7月9日は家内共々、よろしくお願いいたします。

  • #149

    ゆうだち (金曜日, 27 5月 2016 12:21)

    先日の大阪での練習会皆さんお疲れ様でした。浪花節上等兵様もお越しになり大変盛り上がりました。堺のN様、7月の合同軍歌会では宜しくお願い致します。ラバウル灰田様、私の忘れ物を届けに店の外までありがとうございました。私の所持してる拡大鏡の倍の大きさの物を都内で見つけました。大阪でも文房具店を探し歩けば見つかると思います。
    来月は広島方面に行く予定が入ったので日程が合えば帰りに大阪練習会にお邪魔できそうです。

  • #148

    スイロネフ37 (水曜日, 25 5月 2016)

    5月20日のラークに於ける定期演習会ては、珍しく大阪メンバーが全員揃い、盛大に盛り上がった会であったと思います。
    時間が経てば様子が変わる、以前参加していた頃は、メジャーな歌の中にレアな歌が少しずつ入っていましたが、最近では、レアな歌が日常的に出てくるようになり、参加するメンバーがより研究している姿が伺えます。凄いことだと思います。
    そこへ突然、浪花節上等兵さんが参加されて驚きました。そして、なかなか出来ないレコード談義に花が咲き、588姉さんと、もっとレコード談義がしたかった旨告げると、浪花節上等兵さんは大変喜んでおられました。
    私も、36年勤めた職場を退職し、第二の人生の方向性を考えている矢先のことでしたので、今後も軍歌を継承して行こうと、心に思った会でありました。
    若い人も増えて来ました。此れから先は、次の世代に伝えていく、橋渡し的な存在になれたら良いと思っています。
    楽しい時間が持てたことに感謝しています。
    「声なき凱旋」上原敏さんは、自らの運命を歌っていたのでしょう。
    ありがとうございました、又、よろしくお願いいたします。

  • #147

    雲葉42 (月曜日, 23 5月 2016 13:33)

    先週の「YOKO」と「ラーク」の定期演習日には今までになく大勢の出席者で賑わい、どちらもすごかったですね。皆様まるで軍歌会本番のような感じで、皆様夏の合同軍歌会に向けてのレッスンリハーサルに熱が入っていました。浪花節上等兵殿の半年ぶりの出席で店の中がこれほど盛り上がるのはやはりすごいですね。合同軍歌会に向けてのいろんな志向が皆様よく考えられていて、楽しみです、私は久し振りに台詞入りの課題曲「軍国舞扇」をやりましたが、この曲は唄よりも台詞が主役のような感じですので、「YOKO」では従軍看護婦長さんに、「ラーク」では堺Nさんに夫々に森赫子さんの物真似風に台詞をやってもらいましたが、堺Nさんの凄い裏声の声色には皆様びっくり仰天というとこでした。 また ラバウル灰田さんのハワイアン戦時歌謡の「お玉杓子は蛙の子」の途中の私も合唱部分の難しさには改めて感じました。この部分はなかなかうまく行かずに難題になりそうです。スイロネフ37さんの「点数の歌」は今までどの軍歌の会にも出て来たことが無く、今回初めて現れた曲だと思います。鶯餅さんは最近はずっと自衛隊の曲を持ち込んでこられて、皆様に披露していますが、まさに現代の軍歌という感じです。
    そして ゆうだちさんの「空から轟沈」も久しぶりに出て来た曲ですね。以前何年か前にはよく出てきましたがこの曲も久しく聴くことが出来ました。また 浪花節上等兵さんの参加によりやはり588姉さんへの思い出に、どちらの店でも「声なき凱旋」と「満州鉄道唱歌」はご一緒に合唱いたしました。皆様のいろんな思いが歌の数々に現れた演習日でした。

  • #146

    ラバウル灰田 (日曜日, 22 5月 2016 23:41)

    5月20日の大阪定例会では、お世話になりまして誠にありがとうございます。
    今回は大阪方のレギュラーメンバー全員に加えて、関東から夕立様、浪花節上等兵様が参加され、大変賑やかでいつもにも増して盛り上がった会になりましたのは喜ばしいことでした。
    皆さま、7月の横浜に向けて練習に余念がありませんでしたが、私も予定曲を家でも聴きながら復習したいと思います。

  • #145

    浪花節上等兵 (日曜日, 22 5月 2016 13:20)

    永らくご無沙汰致しました。588姉さんが旅立って早いもので5カ月を過ぎました。未だに夜、遅い時間になりますと588姉さんの元気な「ただいまアー」と云う声が聞こえて来る様な気がしてなりません。
    葬儀ならびに四十九日納骨法要の節は「日本気象予報士会」「軍歌をい継ぐ会」「大東亜合唱団」「上原敏の集い」「横浜軍歌愛好会」「医療法人社団・高輪会」など大勢の皆様方が御協力を下さり誠に有難う御座居ました。
    588姉さんは、「私が万一の事態となった時には皆さんで上原敏さんの「聲なき凱旋」を唄って欲しいな」と結婚当初から事ある毎に云ってました。
    それが、こんなに早く「聲なき凱旋」を聞く事になるとは思いませんでした。納骨時に皆さんで大合唱して下さり有難う御座居ました。
    各軍歌会の閉会時にも毎回「聲なき凱旋」を唄って下さり588姉さんは満足して呉れて居る事でしょう。
    当初、私の「軍歌会」復帰は6月21日(21日は、588姉さんの月命日)の定例会からの予定でした。私は5月17日(火)早朝より目が覚めて、今日はYOKOでの定例会と云う事が頭から離れません。午前10時頃に最終決断して参加させて頂く事に。
    5月20日、588姉さん(センター歯科医院院長として11年間勤務)と共に私は4年間御世話になった「医療法人社団・高輪会」に退職届けを提出。
    退職記念に大阪への旅を決意。品川12:47発「のぞみ号」に乗車。久し振りに大阪:ラーク定例会に参加させて頂きました。
    各軍歌会に参加させて頂く時には常に588姉さんと一緒に参加して居るつもりです。これを機に今後とも宜しく御願い致します。

  • #144

    ラバウル灰田 (月曜日, 29 2月 2016 21:07)

    金曜日のラークでは、家内共々ありがとうございました。
    会長や堺のN様が欠席されたのは残念でしたが、それぞれの課題曲を皆さん練習されました。

    雲葉42様の「全日本婦人会会歌」は藤山一郎、渡辺はま子盤のつもりでお歌いになられた所、同名異曲で楽譜は違うメロデイでしたので意外でした。
    他に雲葉42様はスイロネフ37様と「爆発點盧溝橋」「大建設の歌」「一億総進撃の歌」とレアな曲を次々と披露されていました。
    鶯餅様は「君のその手で」「栄光の旗のもとに」とこちらも他所では聴けない曲を歌われていました。

    私は「燃ゆる大空」「花の広東航路」と平凡な所に終始していましたが、「こりゃさ」は歌詩が英語ばかりなため苦労しました。次回はもう少し形にしたいと思っています。

    今週土曜日の「大阪軍歌の集い」でもよろしくお願いいたします。

  • #143

    マー (水曜日, 10 2月 2016 23:47)

    軍歌好きです。歌っていらっしゃる方達がこんなに熱心に居られることに驚きました。はい、胸が熱くなりました。
    昔、母が歌って居たのをよく せがんで教えて貰いました。中学時代、ホームルームの時間に、担任の井口先生が2段ハーモニカで迫力ある軍歌を吹いてくださったことを懐かしく思い出します。軍歌って いいですね。好きです。

  • #142

    横浜軍歌愛好会会長 (火曜日, 02 2月 2016 06:11)

    平成28年1月31日(日)午前11時より「やすらぎパーク市原」にて「軍歌を歌い継ぐ会」、「大東亜合唱団」および当会の共通の会員である588姉さんの四十九日法要並びに納骨式がしめやかに執り行われました。588姉さんはこよなく愛し、軍歌を諳んじて唄われるばかりではなく、当時の時代背景も解説してくださる稀有な存在でありました。思い起こせば昨年11月6,7日にご一緒させていただいた博多、知覧の旅が最後となりました。お体のご不自由な状況を押しての参加であったことは我々もずっと感じておりました。いまだに、あの時の場面場面が思い出されます。ご家族の皆様はずいぶんご心配されたことと推測します。
    31日の納骨式では「殸なき凱旋」「海ゆかば」を心を込めて唄わせていただきました。588姉さんを偲びながらの食事会で気象予報士会の皆様から588姉さんへ贈る言葉を聞きましたが、軍歌を諳んじて唄われるように、過去の気象現象を期日まではっきり覚えて解説される等の逸話を披露されてました。流石という言葉しか思い出せません。軍歌の会でも気象予報士会でも重鎮が逝ってしまったことになりました。残念でありません。
    横浜軍歌愛好会においては588姉さんに深く哀悼を表すとともに衷心よりご冥福をお祈り申し上げます。
    ご主人としまして、現段階では気持ちの整理がつかないとは思いますが、軍歌の会に参加されることが588姉さんへの供養となられることと思われるよう祈念いたします。

  • #141

    浪花節上等兵 (月曜日, 01 2月 2016 11:46)

    588姉さん(根本由紀子)が、平成27年12月21日 午前3時44分 旅立ちました。
    約4年半前より体調に変化有り、入退院を繰り返しながら「医療法人社団高輪会センター歯科医院院長としての仕事は楽しい。趣味(日本気象予報士会・軍歌を歌い継ぐ会・大東亜合唱団・横浜軍歌愛好会・上原敏の集い)も楽しい」と云いつつ多忙な毎日を過ごして参りましたが、残念ながら再度、病に倒れ11月20日より最後の入院生活が始まりました。入院中の後半3週間程度は私が病室に泊まり込んでの看病でした。
    無くなる約10日程前に、横浜軍歌愛好会林会長より御見舞いにとの御連絡を受けましたが、残念ながら最早言葉がハッキリしなくなった為、失礼ながら来室を御遠慮頂きました次第です。申し訳御在居ませんでした。
    病室にて588姉さん曰く「御互いに、こんなにゆっくり色々と話が出来て良かったね」病室では殆ど軍歌を聴いて居ました。1月9日の「合同軍歌会」にて私と588姉さんは、全て一緒に唄おうと新曲を互いに1曲ずつ選曲、譜面が無い為、588姉さんは早速作って呉れました。音源に合わせて唄おうとしましたが、私には悲し過ぎて唄えませんでした。軍歌ってこんなにも悲しい歌なのかと思い知らされました。一緒に唄う予定だった歌、特に松平晃と松原操の「軍神西住大尉」は、もう私には唄えません。日増しに「合同軍歌会」への参加は困難で有ろうと思いながらも本人は1月6日に「高輪会新年会にて訪問部会代表」として挨拶するつもりで、その後は「合同軍歌会」への参加を楽しみにしてました。娘も2年先に結婚式をと予定を立てて居りましたが、急遽今年3月12日に東京・青山の結婚式場にて予約済み。着物が大好きな588姉さんはこの日の為に着物を発注。最後まで生きる望みを捨てる事無く未来を語って居りました。孫の顔も見る事無く、この世と御別れ。その分私が生のびて孫の成長を見守らなければならない。その役目を果たさずに588姉さんの元に逝く訳にも行かず。
    588姉さんは結婚当初から、もし私に万一の事が有ったら墓は2人だけの墓、葬儀は家族葬、納骨は盛大に皆で上原敏さんの「聲なき凱旋」を唄って欲しいとの事でした。
    墓標には「海ゆかば」「桜」を彫り、線香立ての両サイドには「櫻と錨」を彫りました。
    「櫻と錨」のデザインは娘が担当しました。父と娘の合作で思い通りの墓が1月26日(火)に完成しました。

    昨日1月31日「やすらぎパーク市原」にて日本気象予報士会・軍歌会・上原敏の集いの皆様方に御集り頂いて「聲なき凱旋」「海ゆかば」の合唱で送って下さり、四十九日法要並びに納骨を滞りなく終えました。皆様方の御好意に改めて感謝申し上げます。
    588姉さんの為に大阪や北海道など遠くから御越し下さり有り難う御座居ました。
    588姉さんが言葉が交わせなくなるまで私に云って呉れた言葉は「私が居なくても軍歌の会にはちゃんと出て唄ってよ」との事を何度も云われました。この言葉が遺言となってしまった訳ですが、私としましては何時復帰出来るやら当分の間は参加させて頂く気持にはなれませんが再度参加させて頂く時には宜しく御願致します。
    今回、大東亜合唱団海保団長には「聲なき凱旋」「海ゆかば」のCDや歌詩カードの作成など隅々にわたり、御協力を頂きました。
    今後、「聲なき凱旋」を大東亜合唱団として唄い続けて下さるとの御言葉に胸がいっぱいです。有り難う御座居ました。


  • #140

    ゆうだち (火曜日, 26 1月 2016 21:56)

    19日の練習会では588姉さんを偲んで「南京爆撃隊」を歌わせて頂きました。31日の49日法要で歌唱予定の「声なき凱旋」も練習しましたが此の曲は音程が難しく当日上手く歌えるかが少し心配です。
    皆さん7月の合同軍歌会に向けて気合が入ってる様子でした。 私もそろそろ7月の予定曲を考えているところなので練習会での御指導のほど宜しくお願い申し上げます。

  • #139

    雲葉42 (火曜日, 26 1月 2016 19:11)

    先週の横浜と大阪での演習日にはどちらも588姉さんに関する曲目がいろいろと歌われて、故人を偲び追悼のような感じの会合でしたが、皆様はもう7月の合同軍歌会に向けての練習も始まりましたね。鶯餅さんは自衛隊の曲を多く歌われて、ラバウル灰田さんはハワイアン戦時歌謡に、堺Nさんは古川禄波の曲に挑戦していました。特に「古川禄波が南へ行く」は歌の部分よりも、セリフの部分の方が難しく、スイロネフ37さんが原曲をすぐに出されていて、古川禄波独特の言い回し方にNさんは何度も繰り返していました。本番が楽しみですね。

  • #138

    ラバウル灰田 (月曜日, 25 1月 2016 21:34)

    先週のラークではお世話になりまして、ありがとうございました。
    横浜の合同軍歌会が盛会の内に終了した所ですが、皆様早くも7月の会に向けた選曲に余念がありませんでした。
    最初の曲は「声なき凱旋」ラストは「満州鉄道唱歌」でしたが、「588姉さん」様のお好きだった曲を追悼の意味を込めて歌わせていただきました。
    余りにも若すぎるご逝去は残念でなりません。
    心よりご冥福をお祈り申し上げます。

  • #137

    横浜軍歌愛好会会長 (土曜日, 02 1月 2016 19:17)

    大東亜合唱団団長並びに団員各位の皆様、明けましておめでとうございます。
    愈々、台湾合同軍歌会が早くも本年の開催となりました。
    今回の台湾訪問は大東亜合唱団の主催でありますので弊会としましては参加させていただくことに意義を感じる次第であります。
    陳さん宅での合同軍歌会もさることながら台南における「赤崁楼コンサート」も楽しみにしております。
    弊会の参加者もこれから募りたいと思いますが、貴会における参加者の詳細が決まりましたら(特に関西空港における)出発名簿等を御明示いただければご協力させて頂きたいと思います。
    よろしくお願い申し上げます。

  • #136

    大東亜合唱団 (金曜日, 01 1月 2016 00:18)

    横浜軍歌愛好会の皆様、明けまして御目出度う御座います。本年も宜しくお願いします

    さて兪「台湾合同軍歌会」も本年五月末開催となりました。
    つきまして参加を予定されている方で、現地集合では無く出国、入国を団長他、私達と一緒を希望される方は
    5月28日(土)JL097便 羽田 08:50発 台北(松山)11:30着 にご搭乗下さい。
    また入国に際しては入国日の宿泊先住所が必要と為りますので私の方でホテル予約も可能です。

    尚、関西方面から一緒に出国を希望される方は雲葉42氏と調整下さい。
    また関西空港からの出国は台北桃園空港となりますので前日27日出国となる場合が詳しくは雲葉42氏とご相談下さい。

    他の方面から出国される方は、誠に申し訳ありませんがご自身の計画でお願い致します。


    オプション”台南 郭一男滑音吉他樂團「赤崁楼コンサート」”ゲスト出演について

    曲目など細部事項の連絡が来ましたのでお知らせします。

    日時:平成28年5月29日(日)18:30~21:00(雨天中止・開催日正式決定は3月頃、主催者、台南市市庁要調整)
    会場:台南市赤崁楼(入場料:役50元シルバー半額)

    私達の出演 20:30~ラスト

    曲目

    1.台湾楽しや 一番、二番(団長独唱と指名されました)、三番全員合唱
    2.台湾軍の歌  同上
    3.婦人従軍歌 女性全員
    4.梅花進行曲 一番(団長独唱と指名されました)、二番繰り返し全員合唱

    練習用URLを記しました「梅花行進曲」練習曲三台https://www.youtube.com/watch?v=CxDgLK326hM.https://youtu.be/vNc7U27-YKY.https://youtu.be/NdDl7vL0clY.「台湾楽しや」https://www.youtube.com/watch?v=YYl9rUpmjyQ.https://www.youtube.com/watch?v=sVmjPZ_fAms.が追加されました。

    以上

    大東亜 団長

    追伸:本日台南よりエアーメール 曲目に「愛國行進曲」「ラバウル小唄」を追加しても良いとのこと・・・・

  • #135

    スイロネフ37 (水曜日, 23 12月 2015 16:16)

    12月18日のラークに出席出来なくて残念でした!
    新年のラークには参加出来そうですので、宜しくお願いします。
    その時に、YouTubeにもアップされていない、通州の5番目の曲の涙の通州城の音源をお持ちします❗
    おそらく超レア曲であると思います。

  • #134

    雲葉42 (日曜日, 20 12月 2015 17:25)

    今年最後の歌い納めを皆様いろんな難題曲でチャレンジしていましたね。はや~会長の「あれが僕らの青春だった」は
    フィリッピンの収容所での歌だけにモンテンルパの曲に隠れてしまったレアーものだと感じます。天山さんとNさんの
    「海を渡る荒鷲」はイントロの部分が途中でガラッと変わるレアーなものですが、お二人とも何度もピアノのk先生に
    やり直してもらいながらこなしましたね。ラバウル灰田さんのハワイアン戦時歌謡「お玉杓子は蛙の子」はイントロと間奏曲の中でのバックコーラスのやり方がかなり難しくて、何度もやり直しをトライして、皆様方それぞれに難題曲に
    チャレンジしてレッスンしておりました。来年に向けての新曲披露が楽しみになります。今年一年いろいろとお世話になりありがとうございました。

  • #133

    ラバウル灰田 (土曜日, 19 12月 2015 22:53)

    昨日もありがとうございました。
    重鎮のスイロネフ37様が欠席されたのは残念でしたが、久々に堺のN様が参加され鳥取の歌姫天山様もはるばる来られて、今年最後のラークは賑やかに盛り上がりました。
    皆様、合同軍歌会の歌唱曲を練習されておられましたが「あれが僕等の青春だった」「何だ空襲」「航空兵の歌」「国旗軍艦旗」「満州鉄道唱歌」等レアな曲ばかりで圧倒されました。
    我々は参加出来ず残念ですが、ご盛会をお祈り申し上げます。
    良いお年をお迎えください。

  • #132

    横浜軍歌愛好会会長 (土曜日, 19 12月 2015 17:09)

    平素より、当会に対してご愛顧、ご鞭撻いただき誠にありがとうございます。
    本年も余すところ僅かとなってきておりますが、この度、当会の重鎮会員であります高林茂氏による講演会が以下の要領で開催されますのでお知らせいたします。ご興味のある方は是非参加願います。
    1.期日   平成27年12月26日(土)14時より
    2.場所   神奈川県立かながわ労働プラザ(エルプラザ)
           横浜市中区寿町1丁目4番地(℡045-633-5413)
           JR京浜東北線 石川町駅 中華街口(北口)から徒歩3分
    4.講演者  高林 茂氏
    5.講演内容 特殊潜航艇
                                 以上

  • #131

    雲葉42 (火曜日, 24 11月 2015 19:31)

    先週のラークでの演習日は新曲?の披露でしたね。はや~会長の「二人の兵士」はなかなかの難曲ですね。 元歌がドイツ軍歌だけあって従来一般の日本の軍歌とは違った雰囲気のする曲ですね。 こんな超々レアーなマニアック曲は他に歌える方はまずいないことと思われます。原曲のドイツ語で試すなど会長の凄い意気込みを感じました。 そして 常連のスイロネフ37さんの傷病兵の松葉杖姿にはこれまた驚きです。 これではスイロヘフ(傷病客車)になってしまいますので、早く回復され増すことを願っています。
    また 先日横浜で浪花節上等兵さんから頂いた「満州鉄道唱歌」の楽譜を早速スイロネフ37さんと共に上下両方の曲をすべて歌唱できました。浪花節上等兵さんには感謝申し上げる次第です。

  • #130

    ラバウル灰田 (月曜日, 23 11月 2015 22:57)

    先日のラークでは家内共々、ありがとうございました。
    今回は会長の大活躍の会でしたね。「あれが僕等の青春だった」「国旗軍艦旗」「二人の兵士」等、私等全く知らない曲を披露されました。「艦上機恙なし」は知っておりますが、会長が岡晴夫の曲を唄われるのは珍しいですね。
    雲葉42様とスイロネフ37様は息の合ったところで「満州鉄道唱歌」「満鉄社歌」を披露されました。またスイロネフ37様は自作のカラオケで「支那の空支那の水」を唄われました。足を捻挫され松葉杖の痛々しいお姿でしたが、早期のご回復をお祈りします。
    鶯餅様、堺のN様の欠席は残念でしたが、来月はフルメンバーの参集を期待したいと思います。

  • #129

    浪花節上等兵 (月曜日, 23 11月 2015 10:05)

    私の同じ内容の投稿が続いて載ってしまいました。11月15日に投稿し、送信を開始した途端に全て消えてしまい、改めて21日に書き直しましたが、これもどう云う訳か (何処かに保存された→保存先不明) 消えてしまいました。今、このページを開いて2件続いて同じ内容が載って居る事に気付きました次第です。こんな事は初めてです。失礼しました。

  • #128

    浪花節上等兵 (土曜日, 21 11月 2015 08:25)

    合同軍歌会主催 「博多、知覧の旅」に参加させて頂き有難う御居ました。今回は588姉さんの体調不良の為、一時は参加断念。しかし、本人の強い要望で参加させて頂く事にしました。皆様の温かい御協力と御配慮に改めて感謝申し上げます。
    11月6日は、588姉さんと共に一足早く羽田空港8:35離陸~長崎空港10:40着陸。長崎空港からレンタカーを借りて長崎市内へ588姉さんの両親の墓参り。長崎市内を15:11発~博多駅近くでレンタカーを18:11返却(走行距離は203Km)。長崎市内は588姉さんが運転し、長崎市内から博多までは私が運転。途中2回休憩して長崎からちょうど3時間のドライブ。高速道路の出口手前数キロ付近で渋滞。給油を済ませてレンタカーを返却後、急いで博多駅総合案内所前に辿り着いたのが18時29分。何とか間に合い皆さんと合流出来ました。旅の内容は、雲葉42 さんの御報告の通り楽しい内容でした。特に588姉さんが一番興味を抱いたのは鹿児島市内の戦時中を再現させた様な「軍国酒場」。588姉さん曰く「また来たいね」との事。私は返事に困りました。でも要望が有れば伺いましょう。今回は参加された皆さん、 マイクロバスの運転を引き受けて下さった ゆうだちさん、 想い出となる写真を沢山撮って下さった 戦場カメラマンさん、有難う御居ました。次回は「合同軍歌会」(588姉さんと全て二人で唄います・内2曲は588姉さんが譜面を作成➜11月13日の「YOKO定例会」にて音合わせ完了) で御会い出来ます事を楽しみにしてます。

  • #127

    浪花節上等兵 (日曜日, 15 11月 2015 11:27)

    この度の「博多・知覧の旅」では大変お世話になりました。 療養中の588姉さんが、何としても参加したいとの強い要望でした。参加されました皆様方には多大な御協力を頂きまして厚く御礼を申し上げます。初日の11月6日は、羽田を08:35離陸~長崎に10:40着陸。588姉さんの両親の墓参り為、長崎の墓地へ。長崎(15:11発) からレンタカーにて博多への走行距離は203 Km (走行時間は3 時間) 。途中で渋滞して大幅に到着時間が遅れてレンタカーを18:11返却後、急いで「博多駅」へ。何とか集合場所に遅れる事なく間に合い、皆さんと合流出来ました。588姉さんは年に数回、単独で走行してますが、私は九州の道路を初めて走行しました。(今回の旅で、南は長崎~博多 北は函館~北海道最北端の稚内までのドライブの記録更新)
    「博多アンカー」には一度は伺ってみたいと思って居りましたが実現出来ました。雲葉42さんの報告と重複しますが、11月7日は、博多駅から新幹線 (さくら405号) に乗車、3号車にて皆さんと合流して鹿児島中央駅9:25着。 レンタカー (スペース充分なマイクロバス) にて10:00出発~「知覧特攻平和記念会館」~「ホタル館(特攻の母 鳥浜トメ資料館・富屋食堂)」~(当時の弁当を再現した食事で昼食)~「鹿児島海軍航空隊の跡地」では、古関祐而 作曲の「鹿児島海軍航空隊々歌」を合唱。
    11月8日は、588姉さんと共に鹿児島市内を散策。駅ビル直結の観覧車からの「桜島」の眺めは最高。路面電車も様々な車両が在りました。線路内は芝生と云うのが印象に残りました。鹿児島空港16:00離陸~羽田空港17:35着陸。
    588姉さんは8月中旬から10月まで休職 (私は代診の先生と日替わり交替スタッフ 7名と共に現状維持)。療養を終えて11月より週2日の勤務。12月より通常通りの勤務に戻ります。皆様方には御心配、御配慮下さり改めて御礼を申し上げます。我々としましても皆様方の温かい御協力が得られた良い想い出となる事でしょう。有難う御座居ました。 次回の「台湾の旅」も588姉さんは参加したいとの事です。

  • #126

    大東亜合唱団 (土曜日, 14 11月 2015 07:00)

    いやいや、篩まで装備されましたね!
    弊合唱団は、誹謗中傷等よほどのことが無い限り批判的な意見投稿も削除しません。
    ”生きている内だけだ「ほざきたい奴は最ほざけ」”の一行で撃退

  • #125

    大東亜合唱団 (土曜日, 14 11月 2015 06:55)

    おはよう御座います。
    改良しましたね! 横軍様の掲示板は弊合唱団を含めよそ様の掲示板と比較し非常に見づらいのが正直なところでした・・・・・
    最新投稿から順に表示される結構なことです。此で書き込みも増えるのでは・・・・・・

  • #124

    ゆうだち (木曜日, 12 11月 2015 21:29)

    九州の旅では大変お世話になりました。博多アンカー様には初乗艦させていただきましたが軍歌好きのお客様が多数いらしてました。レアな曲も歌いこなして感激しました。知覧特攻記念館と富屋食堂では特攻隊員の方々の遺書や遺品を見て痛恨の思いでいっぱいでした。
    鹿児島の「軍国酒場」噂では聞いておりましたが店内に入った瞬間に戦前にタイムスリップした雰囲気がしました。
    今回の旅ではマイクロバスの運転をさせていただきましたが、未熟な運転で皆様方には御迷惑お掛けしてしまいました。助手席に堺のN様が乗ってナビをしていただき大変心強かったです。後部座席から雲葉42様の適切な指示により始めての道も何事もなく走行出来ました事を厚く御礼申し上げます。
    時間の都合上、鹿屋基地、万世特攻記念館には立ち寄れなかったのは残念でしたが機会があればこちらの方も行って見たいところです。
    皆さん大変お疲れ様でした......





  • #123

    雲葉42 (木曜日, 12 11月 2015 21:04)

    先週末の九州軍歌の旅は大変お世話になりました。久しぶりに「アンカー」に乗艦し、皆様のいろんな歌を拝聴し、そして知覧の特攻基地での見学はあっという間に時間が過ぎて、とてもゆっくりとは見られませんでしたが、特攻隊員たちの遺書があれだけ多く残されて保存されているとは改めて驚きました。これだけの遺品をよく収集して保存されているのには頭の下がる思いであります。「知覧の母」に出て来るトメおばさんの食堂で当時の再現した弁当を昼食出来ましたことにも特攻隊員たちの気持ちが感じられる内容であると思います。 この特攻記念館には大変多くの見学者が来場されて、思ったよりも多く人たちで驚きました。
     それにしても我々以外の見学者は全て一般の素人ばかりでしたので、現地では予定していた「特攻隊節」を歌唱出来なかったことは少し残念に感じます。 またその後の行程の鹿児島海軍航空隊の跡地には記念の碑が立っていましたが、辺りには他に面影は全く無くて、公園などになっていましたが、ここに基地があったということを示すものが石碑の他にも何か建物が残っていれば良かったのにと思う次第です。しかしここでは石碑の前で「鹿児島海軍航空隊々歌」を皆様で熱唱することが出来て良かったと感じました。  夜は市内の「軍国酒場」を訪問しましたが、店の中を見てびっくり仰天!!!
     まるで廃墟のビルのしかも雨漏りもするというような天井のトタン葺きには何か戦中戦後直後のバラックの中に居るような錯覚をするみたいで、柱に電線が縦横無尽に張り巡らされているのには時代の錯覚さえ興ります。その中に若い女性客が登場して
    来たのにはこれまたびっくりで、鹿児島にもWIちゃんと同世代の若い女性のマニアがいることに驚きました。
     この店は本当に軍歌の店というよりも戦後すぐの焼け跡のような時代錯誤を受けるようなお店でありますね。
    今回の全行程はゆうだちさんのマイクロバスの運転により全てが定時に進行して、予定通りに行きました。夕立さんの運転は初めての道路にもかかわらず、丁寧な運転で、そして各所に於いては戦場カメラマンのA様の何台ものカメラの撮影をありがとうございました。 588姉さんはご体調が優れないにも拘らずに最後まで同行してくださり一番辛かったことと存じます。はや~会長 浪花節上等兵さん天山さん伊予丸さんNさん等々・・・ 皆様お疲れ様でした~。
     

  • #122

    大東亜合唱団 (月曜日, 09 11月 2015 15:20)

    弊合唱団は12月5日(土)小倉「銀杏」にてデモ公演致します。
    北九州市小倉北区鍛冶町1-2-2 坪根ビルB1F 093-541-5516
    歌声スナック「銀杏」
    この店を紹介しますと先日、11月5日(木)TBS朝チャンで07:46~07:56まで全国ネットで「母校の校歌を歌える店」として紹介されました。
    土地柄、九州の大學、高校、中学、小学校等々の校歌が八割方を占めていますが東京六大学の校歌も有ります。
    そうして、この店の凄いところは伴奏曲もさることながら母校の映像、同級生、恩師の映像等全て入江女将の手作りです。
    更に母校の校歌と言っても卒業年代が違えば場合によっては校舎が建て替え又、先生も違ってくる其れ等全てに対応して〇〇高校〇期生等と同じカラオケでも十数期生分のカラオケが有るそうで(制作は無料)
    毎月、第一土曜日は「軍歌会」・・・・・と言う事で出張デモとなったわけです。
    お陰様で九州にも大東亜ファンが居られるそうで・・・・・
    何時か機会が有りましたら一度お尋ね下さい。
    林会長、鳥取愛ちゃんが入店されてますので詳しくはお尋ね下さい。

  • #121

    ゆうだち (火曜日, 27 10月 2015)

    先週は出張帰りに大阪の練習会にお邪魔させていただきました。「関西防衛を支える会」の皆様方とも交流する事ができました。スイロネフ37様は沢山のレア曲を保有されているとの事ですが今回も「大陸の第一歩」等々レア曲を披露されて勉強になりました。ラバウル灰田様の灰田勝彦先生のレアな曲は歌える人、なかなか居ない様な気がします。雲葉42様による「万歳ヒットラーユーゲント」は先月の偕行社でも一緒に歌わせていただきましたが一番以降の歌詞が歌えず今回も御迷惑お掛けしてしまいました。早々に歌詞を覚えていきたいと思います。
    九月五日に引続き大阪軍歌の集いの皆様方には大変お世話になり勉強になりました。再度大阪方面に行く際には宜しくお願い致します。
    ありがとうございました。

  • #120

    ラバウル灰田 (火曜日, 27 10月 2015 19:53)

    先週の金曜日も、ありがとうございました。
    今回は会長や堺のN様が欠席されたのは残念でしたが、「関西防衛を支える会」の方々を交えて大いに盛り上がりました。
    横浜から参加されたゆうだち様は「船舶隊の歌」や「鉄道第六連隊隊歌」とレアな曲を唄われました。対して西のスイロネフ37様も「あじあに乗りて」や岡晴夫のレアな「大陸第一歩」と懐メロ博士の面目躍如でした。
    雲葉42様は「満鉄社歌」等、鶯餅様は「世界一周大飛行の歌」を元気に唄われました。
    「関西防衛を支える会」の皆様も、「空の神兵」「異国の丘」「勝利の日まで」等、存在感を発揮されましたね。
    最後は全員で「同期の桜」を斉唱してお開きとなりました。

  • #119

    ゆうだち (日曜日, 25 10月 2015 16:52)

    大東亜合唱団団長様

    団長様が調べた近衛歩兵第二連隊隊歌が小生の記憶する歌と思えます。色々とお手数お掛けして申し訳ございません。また何かございましたら宜しくお願い申し上げます。
    ありがとうございました。

  • #118

    大東亜合唱団 (土曜日, 24 10月 2015 22:50)

    ゆうだち 様
    近衛師団戦友会で出している「雄叫」で調べた結果、やはりご記憶に有る歌は「近衛歩兵第二十二連隊歌」と思われます。
    勿論、師団とも為れば数多くの部隊が隷下に有るわけで其の全ての部隊歌が載って居たわけで訳ではありませんが「軍旗」と末尾に「連隊~」が出てくる歌は「近歩二連隊」だけのようです。
    取り急ぎご報告申し上げます。

  • #117

    大東亜合唱団 (水曜日, 21 10月 2015 05:47)

    「大阪軍歌の集い」先取り
    横浜軍歌愛好会の皆様、おはよう御座います。9月の「大阪軍歌の集い」ではお世話になりました。
    3月の大阪では、9月の失敗を生かしもっとより良い物をと思っております。しかしながら3月の「大阪軍歌の集い」にお邪魔できるかどうか現時点では確約できません。・・・・・と言う事で弊合唱団 第十八回歌唱会のご案内をさせて頂きます。
    日時:平成27年11月14日(土)13:00~17:00頃
    会場:「宜候」東京都中央区銀座8-4-4 村善ビル地下二階 ℡ 03-3572-4360
    会費:2500円を予定しています。 詳しくは、弊合唱団ホームページ・掲示板をご参照下さい。

    ※ 大阪の失敗を基に改修曲 「大東亜行進曲」「白蘭の歌」「若い瞳」
    大阪以降に制作した曲 「紀元節」「新嘉坡晴れの入城」「重い泥靴」「海の初陣」「飛練節」「栄光の旗のもとに」「野末の戦友」「日本の妻」「かちどきの歌」「雲とつばさ」「月下の歩哨」「軍隊のぞき節」
    現在制作中、横軍様会員でも有り、歌い継ぐ会々員でもあり弊合唱団団員のN様、ご要望の「月下の進軍」
    「月下の進軍」は先日、東武練馬「軍歌酒保・美津」にて、林会長様に譜面をご提供させて頂きましたので「YOUKO」「RA-KU」で大いに歌唱下さい。
    「月下の進軍」制作進捗状況に因っては「靖国神社の歌」「この國は」「北部方面隊歌」「海の勇者」等追加されると思います。


  • #116

    ゆうだち (火曜日, 20 10月 2015 15:25)

    大東亜合唱団団長 様

    お手数お掛けして申し訳ありません。高射砲の歌は矢張り「高射砲第二十二連隊隊歌」で宜しかったんですね。「近衛連隊の歌」は「近衛歩兵第二連隊隊歌」という歌でしたか。最後は聞き取りづらく「我らぞ近歩二連隊」そう言われてみれば確かにそのとおりだったと記憶が甦りました。これら二曲の歌はカセットテープで録音されているものでしたが一昨年に部屋の整理中に間違って捨ててしまい今は手元にありません。38年程前に上野か浅草で購入したもので昭和30年代か40年頃に何処かのホールの様な場所で合唱されているものです。おそらく戦友会の方々による合唱で音程が外れてる箇所もありました。軍楽隊の様な演奏で他にも「四川進撃の歌」「船舶隊幹部候補生の歌」「鉄道第六連隊隊歌」など30曲くらい入っていたと記憶しています。
    団長様、本当に助かりました。色々と教えていただきありがとうございます。最後の部分が判明しただけでも心が晴れました。今後とも御指導のほど宜しくお願い申し上げます。ありがとうございました。

  • #115

    大東亜合唱団 (火曜日, 20 10月 2015 11:48)

    ゆうだち 様

    一筋の光、現在歌資料では無く旧近衛師団出身者の集まり等の戦友会、近衛師団史等々の書籍から調べています。為るか為らないか分かりませんが暫くお待ち下さい。